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1960年の安保闘争のころのこと

recoca1940.hatenablog.com

recocaさんの記事をおかりしてきました。

この記事で、グアムは、アメリカの準州で主権がないことを知りました。

 

少し前米軍が、日本を撤退して、米軍は、グアムにのみ駐留するといったニュースが流れたことがありました。米軍の基地使用料などは、現在日本政府が持って、米軍に駐留していただき、国防は、米軍がになっているいる状態だと、聞いたことがありました。

 

日本の経済が発達して、米軍が、いつも日本駐留している現在の状態は、1960年の安保条約による規定であることは、下記の記事で知りました。

diamond.jp

1960年(昭和35年)私は、高校を卒業して、隣の県の地方大学に入学した年でした。

家に初めてテレビがきて、ニュースで、当時の大統領(アイゼンハアー)来日阻止のデモ隊のニュースが、流されていました。

日常の友人との会話で「同級生の〇〇さんは、高校のときから、デモに参加していて、デモ隊の花といわれていたんやて。」とか、「男性の同級生の△△さんは、中核派新左翼の一つ)やて。」「オルグしているようや。」などという噂が飛び交っていました。

自治会の会議で、昨年度の卒業生が現れ、「この会を安保の討論会にしましょう。」と動議を出して、ほとんどノンポリ(政治的思想を持っていない)の学生に反対されると「この会を、安保反対闘争をする会にここで、決めましょう。」と再び、提案し、自治会が騒然とした時代でした。

 

1960年デモで樺美智子さんがなくなり、アイゼンハワーの来日が中止となり、衆議院を通過していた安保条約が、衆議院の優越性で通過すると、当時の首相岸信介氏が、辞任しました。

 

今になって考えてみると、その後、日本は経済が発達して、政治上では、現在アメリカに隷属している方向性が決まったのだと思います。

 

私は、この時代の傍観者にしかすぎませんが、大きな流れを見ていたのだと思います。

 

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