人生は80から

人生100才時代。健康に豊かに楽しく過ごすには

スマホを持っていない私

私が、パソコンを使い始めてのはWindows98のころであった。

ドラッグストアでも、仕入れ品の管理と、販売品の値段表示とか、パソコンが使われ始め、簡単な操作ができないと困るようになったからである。

 

電話は、若いころは行く先々に公衆電話があった。

今は、公衆電話を探すのに、苦労する。

 

わたしは、いまもパソコンは使うけれど、スマホを持っていない。

息子や娘が、社会人のころは、私も人並みに携帯を持っていた。

 

友人とも、よくメールのやり取りをしていた。

若いころ友人と手紙をやり取りしたように。

 

息子や、娘とも、簡単な連絡は携帯のメールを利用していた。

夫は、メールができる人ではなかったので、携帯を使って電話しあった。

 

息子が、癌になって3回目の手術をした後、今までの仕事を継続できなくなり、息子は、携帯を捨てた。

「職場からの緊急連絡を受ける必要がなくなったから。」とのことであった。

息子とは、今も必要があれば、お互いのパソコンでメールしあう事がある。

息子にしてみれば、耳の聞こえにくい私に、大きい資料や長い説明するのに、パソコンは、便利らしい。

 

夫は、携帯の電話連絡が好きな人であったので、携帯をよく掛け合っていたが、2016年に亡くなった。耳の聞こえにくくなった私は、それから、携帯を電話として、使う事はほとんどなかった。

 

娘とは、携帯のメールをいつも使って連絡しあっていた。

娘も亡くなり、たびたび、携帯を使って、連絡しあう相手もいなくなった。

 

息子は、その頃、すでに携帯を持っていなかった。

私も携帯を捨てた。

 

「バスのなかで、電話がかかってくることもなく、気楽になった。」と思っていたにも関わらず、買い物ををした決済に、スマホを使う事が多くなっている。

スーパーの割引もスマホを持っている人だけである。

地震の緊急連絡もない。

 

「家の外でまで、パソコンを使うことはない。」と思っていた私は、現在、世の中に遅れている。

「これは、失敗したかな。」と思う時があるこのころであるが、せめてパソコンが使えることが、慰めである。

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団地の南天