人生は80から

人生100才時代。健康に豊かに楽しく過ごすには

母が戦後結核になったときの話

recoca1940.hatenablog.com

recocaさんの記事をお借りしてきました。

ストレプトマイシンが、まだ、一般化していない1946年に肺門リンパ腺炎にかかり、よく、お元気になられたものだ、と思います。

 

私の母も1952年に肺浸潤と診断されました。

結核の初期ですね。

幸いにも、ストレプトマイシンは、香川県の片田舎でも手に入れることができました。

小康状態になったそうです。

 

翌年、祖父が亡くなりました。

その年、同じ町に父母は、小さな家を建てました。

引っ越しをして、1年たたないうちに、母は、再発しました。

 

母の結核は、戦前戦後の無理な生活と食べ物のない毎日で免疫が落ちていたのでしょう。

隣町の県立病院に入院しました。

我が家にとって、本当に幸せでした。

ストレプトマイシン以外にヒドラジッドとパスという抗結核薬が使う事が、出来るようになっていました。

母は、入院1か月で終わりました。

後、1~2年、パスやヒドラジッドを飲んでいました。

その時、病院で注意されて、卵や、小魚が食卓にあがることが、多くなりました。

 

結核は死病でなくなりました。

でも、まだ、すべての結核が、人類の間でなくなったわけではないようです。

ストレプトマイシンは、耐性菌ができて使われないそうですが、新しい抗結核薬が使われているそうです。

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ススキ