人生は80から

人生100才時代。健康に豊かに楽しく過ごすには

江戸時代の庶民の寿命と徳川慶喜の寿命の差

江戸時代、10歳まで成長できた人の平均寿命は、男性62歳、女性60歳であった。

そういえば、我が家のご先祖様のお位牌に書かれた没年もほとんどが60歳代前半である。(これらのご先祖様は、江戸時代末期から、明治、大正、昭和に亡くなっている。)

 

江戸時代の食事といえば、1日3食が定着した元禄時代以降、

朝はご飯、みそ汁、漬物、

昼は、ご飯、野菜やひじきの煮物、少し裕福な家では煮豆が付いた。

夜はご飯に、漬物、

魚は、裕福な家でも2週間に1回くらいしか食べられていない。

 

江戸時代の最期の将軍、徳川慶喜は、大政奉還をしたのが、1868年31歳の時である。

それから亡くなるまで趣味人として生きた。

カメラ、自転車とか油絵を楽しんだとのことである。

午後は、弓を150発打つのを日課にしていたとのことである。

明治を生き、大正に入って間もなく77歳で亡くなっている。

 

明治の初め、日本には、牛鍋を食べる文化が入ってきている。

おそらく、明治以降は牛肉も食べていたのではなかろうか。

一橋家の当主だったころは、マグロをよく食べていたのとことである。

最晩年、牛乳とパンを食べていたとのことである。

 

明治の元勲、維新を超えた人は暗殺された人、自殺した人以外は、長生きしている。

しかし、明治まで、生きられなかった人は、みんな若死にしている。

この話は、また別の機会に書くことにする。

 

桜美林大学教授の柴田博先生は、小金井研究で、「長寿の人は、肉を食べている。」

と言われており、

牛乳を飲む70歳代の人は、10年後に元気だったのは80%、飲まなかったり、たまに飲む人は元気だったのは、60%と言っておられる。

 

江戸時代の庶民と、徳川慶喜の寿命の差は、たんぱく質をどれだけとったかではないだろうか。

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アジサイ