人生は80から

人生100才時代。健康に豊かに楽しく過ごすには

自転車の思い出

自転車に乗れるようになったのは、小学校の高学年ごろだったと思う。

太平洋戦争後の日本、私が小学校に入学するころは、幼稚園もない、もちろん、子供用の自転車など、ない時代であったから。

 

高校、大学の通学、就職して、通勤で駅へ行くのに、自転車を使っていた。

自転車は、フレイムの太い、男性用の自転車から、今のママチャリに近い形に変わっていた。

 

結婚して、大阪に住み始め、しばらく、自転車のいらない地域に住んでいたが、今の団地に引っ越ししてきて、週2回の買物に、いつも、自転車のお世話になっていた。

 

「行はよいよい、帰りは怖い」で、丘の上にある我が家から、駅前まで行くのに行きは10分、帰りは、自転車をおしてあがってくるので、30~40分くらいかかる。

 

子供たちも、高校3年間は、自転車のお世話になった。

 

子供たちが悩まされたのは、自転車の盗難であった。

息子が1回、娘が2回あっている。

警察に車体番号をとどけてあったので、1度は、淀川を越えた市の警察から、娘の自転車が戻ってきたことがある。サドルが付け替えられて、ペダルも変わっていた。

淀川の浅瀬に壊れて捨てられたのを拾って使っていた少年がいたとのことであった。

車体番号から、娘のものと分かり、届けてもらえた。

 

息子が、癌になって、大阪に戻ってきて、小康状態になったときに、息子は、この近くで再就職し、自転車で職場に通った。

電動自転車に変わっていた。

 

この団地の坂道を電動自転車は、乗ったまま、駅から家まで上がることができる。

非常に便利である。

この団地の自転車、ほとんどが現在電動自転車であろう。

しかし、電動自転車は、車体が重い。

 

電動自転車で買い物帰り、自転車同士、あるいは、徒歩の人と、出会いがしらにヒヤリ、ハッとに合うことが多くなった。

私も、高齢者の一人だが、高齢者同士の狭い歩道のすれ違いとか、車道に出ると、車が猛スピードで横を通り過ぎてゆく。

怖い!

 

自転車で、駅前に出るのを昨年からやめた。

足、腰が、さらに弱った!

現在は、買い物はバスに乗ってゆくようになった。

自転車は、団地の中だけしか使っていない。

この自転車に乗れるのも、いつまでだろうか。

友人は85歳で、まだ、自転車に乗っているが・・・

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河原に咲いていたアヤメ