人生は80から

人生100才時代。健康に豊かに楽しく過ごすには

三面鏡を処分することにした。

最初に断捨離したのは、夫が亡くなったとであった。

夫の趣味は、骨董品を買い集める事であった。

狭い家の天袋にも、物入もタンスの上も骨董品でうずまっていた。

 

ネットで見つけた業者に、ただ同然の値段で、持って帰ってもらった。

「次の、処分をするとき、また声をかけてください」と業者さん。

「も、売るものなんか、ありません。」と私。

「いえいえ、この家には、まだ、骨董品はありますよ。今回処分できなかったものがでてきますから」

 

その通りであった。

昨年、私の住む団地の管理会社の紹介の業者さんに、日常生活品で使わない食器類や亡くなった娘のアクセサリーを売り払った。

 

最初の断捨離の時、本は古本屋に売り払い、その時、母と私の着物も処分した。

その時空いた箪笥を地域ボランティアさんに、清掃工場に運んでもらった。

 

断捨離をするたびに思う。

家の中が広くなり、抱えていた、重い荷物をひとつづつ、おろしてゆくようだ。

家の中で呼吸がしやすくなる。

 

今回、思い立って三面鏡を処分することにした。

私が、結婚するときに買ったものだ。

団地に住めば、洗面所があり、私は外出時に、いつも洗面所で、化粧してきた。

考えてみれば、ほとんど使っていない。

 

私が、息子より、先に死ねば、私の荷物は、息子が処分することになる。

息子の手間が、かかることになるだけである。

気が付いたときに一つでも、荷物は、整理しておきたい。

 

今回も、地域ボランティアさん井処分をお願いすることになる。

今、いつ運び出すか、地域ボランティアさんと、話し合い中である。

実際に運び出すのは、お盆がすんでから。

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ベゴニア