人生は80から

人生100才時代。健康に豊かに楽しく過ごすには

母の命日

一昨日(2月19日)は、母の命日であった。

朝寝床の中で目覚めて、母の最期の日の事を思い出した。

 

そのころ、私は、まだ、ドラッグストアで働いていて、その日は勤務日であった。

夕方6時ころ、母が入院している香川県の病院から、

「お母さんが、危篤です。すぐに来てください。」

と電話があった。

その当時の勤務店は兵庫県尼崎市

 

JRの駅まで出て、神戸から新幹線に乗った。

岡山市まで来て、四国にわたるマリンライナーの乗り換え時間に、我が家に連絡を入れると、すでに母は、旅立った後であった。

 

ベッドの上に眠っているような母の姿がった。

手は、まだ、暖かい。

最晩年の母は、認知症になり、徘徊の危険があった。

我が家の経済状態から考えると、仕事をやめるわけにはゆかなかった私は、母を介護施設にお願いした。

私と一緒に時間を過ごしたかった母は、ずいぶんつらい思いをしたであろう。

 

看護師さんに

「お別れがすんだら、連絡してくださいね」

と言われ、手配済みだった、葬儀社に連絡を取り、寝台車に迎えに来てもらった。

 

もう15年前の話である。

 

spring211.hatenablog.com

その後、夫が亡くなり、新しい仏壇を作る必要が出来、我が家にあった、実家の仏壇は、本山の妙心寺の涅槃堂に預けた。

だから、母の命日でも、私は、何もしない。

1回だけ、般若心経を上げて、母の事を思い出しただけ。

 

小さいときから苦労ばかりしてきた母。

「父が亡くなってから20年間の一人暮らしが、一生で一番幸せであった」と言っていた。

母にかわいがってもらいながら、晩年の母につらい思いをさせた私。

母が亡くなったとき、夫は言ってくれた。

「お母さん(私の事)は、よくお祖母さんの世話をしたな~。お祖母さんは、お母さんの気持ちはわかっているよ」

f:id:spring211:20200221072927j:plain

小さな薔薇であった。