人生は80から

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御朱印を頂かない理由

一人旅をするようになって、あちこちの神社、仏閣を訪れる機会が増えた。もともと、日本史が好きな私は、その神社、仏閣の成り立ちを知ることとか、美術工芸品を眺めるのが好きである。

 

若いころ、アルバイトに京都へ行っていたころ、時間があれば、ほとんど知らなかった京都の社寺を一人で訪ねていた。

ときおり、ご住職や社務所の方に「ご朱印は、こちらで差し上げますよ」と声をけていただいていた。

そのころ、我が家は、仏壇もなく神棚もない狭い家に住んでいたから、御朱印を頂いても、置いておく場所もなかったので、「ありがとうございます。集めておりませんので」と断っていた。

 

ご朱印とは、寺院や神社で参拝者向けに押印される印章だし、すでに室町時代から、江戸時代に存在したとのこと。

もともとは納経の受付印であったとか。

 

最近は、この御朱印を集めるのが、ブームだとか。

ご朱印を書いている間にスマホをみている不心得者がいるとか。

神社にお参りせずご朱印だけ受けとって帰る人がいるとか、

ただ、このような人は何のためにご朱印を受け取っているのだろうか。

もともと、神社、仏閣は、参拝するために存在するものだろうに。

 

私も不心得物の一人。

必ずしも、信仰で神社、仏閣を訪れているだけではない。

神社の前では手を合わすし、お寺の前では当然、手を合わしているが、心の中では、観光目的な場合が多い。

 

したがって、私にとって、御朱印を頂く資格はない。

さらに、私が、死んでしまった後、もし御朱印帳が残っていれば、後始末をする人には、迷惑であろう。

 

近いうちにまた、出かけたいと考えている。

そのとき、やはり、私は御朱印はもらわないだろう。

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このころ増えてきた黄色いコスモス。