今週のお題「人生最大の危機」
以前に一度、記事にしていますが、やはり、私の人生最大の危機は、娘の家を訪ねて行って、娘の遺体を発見した時でしょう。
仕事をしながら、一人暮らしをしていた娘が、4年前の12月の夕方突然訪ねてきました。
「忘れ物、取りに来ただけや。今日は忙しいからすぐに帰る」
「晩御飯、食べてから帰れば。すぐ用意するから」
「また、時間があるときに来るから」
娘は、風のように去ってゆきました。
その数日後、娘にたわいないメールを送りました。
返事がありません。
さらに、その3日後、もう、一度『生きていますか?」というメールを送りました。
返事がありません。
「いくらなんでも、返事がなさすぎる」と考えた私。
私は、耳が聞こえにくいので、携帯もメールもしか使わないのですしかが、携帯をかけてみました。
20回鳴らしても呼び出し音だけでした。
「おかしいな」と思って、我が家から1時間ほどのところに住んでいる娘の家へ行ってみました。
娘は、UR賃貸に住んでいました。
玄関を開けると、リビングの明かりがついていて、エアコンがついていました。
パソコンの前で娘がうつぶせになって倒れていました。顔と指先がすでに真っ黒でした。
来ていたパジャマに、私が手を入れると体はヒヤリとするほど冷たくなったいました。
覚えているのは、携帯から119番をしたことだけ。
間もなく救急隊員がやって来て、娘の遺体を確認して
「警察に連絡します」
と言って帰ってゆきました。
次は、私服の警官が数人やって来て、娘の遺体を運び去りました。
「遺体を検案します。結果を連絡します」と言い残して。
娘のいた部屋が、広いように思いました。
夫が亡くなって半年後の事でした。
たった一人とり残った家族の息子に電話しました。
さすがに驚いて、声の飲んで驚いた息子ですが
「帰ってこいや。事故に気をつけてな」
落ち着きを少し取り戻しました。
娘の死因は、致死性不整脈。
発作が起きて30秒ほどで、気を失い、そのまま亡くなるそうです。
たった一人で死んでいった娘、
それでも、苦しまずに逝ったことがせめてもの救いだったと思います。
娘の死後、私にまだ命が残っていることをに気が付いた私は、「自分が、生かされているのだ」と考えるようになりました。
生かされているのなら、残りの人生、毎日丁寧に生き、やりたいことを、思い切りやろうと思い、国内ですが、一人旅を始めました。
夫と娘の写真をいつもバッグに入れて。

花屋さんに吾亦紅が売られていました。