人生は80から

人生100才時代。健康に豊かに楽しく過ごすには

ドラッグストアで働いていたころ

子供たちが、小さいときは、家でできる仕事をしていたが、子供の成長につれて必要経費もふえてくるので、40歳を過ぎたころからドラッグストアで働きだした。

就職したところは、町の薬局が、バブル期に急速に大きくなり、100店舗ほどの店を出したところであった。

そのころの社長は、入退院を繰り返し、専務(社長夫人)がすべてを取り仕切っていた。

この店は、家族的経営を標榜し、長く働いている店員さんがいて、その人が影の店長と呼ばれ、その店を取り仕切っていた。

市販薬の知識は、少しあるものの、化粧品も雑貨も何も知らない私は、その陰の店長と呼ばれる女性から、店で扱う商品のいろはを教わった。

そして、その店で知ったことは、売上を上げるためには、「お客さんお話を聞くことが大切である」という事だった。

話を十分に聞けると、お客さんは、私が推薦する薬品類を買ってくれた。

面白い話は、沢山合った。

また、いずれかの機会のこのブログに書いてみたい。

さらに、会社の人員配置の問題で、会社のあちこちの小さな店舗に短いときは3か月、長いと3年くらい勤務しつつ、転勤を繰り返した。

そこで、どうしても必要となり、子供と同年代の若い店長にパソコンの手ほどきを受けた。

初めて、自分のパソコンを持ったのは、Windows98のころ。

これが、今の生活の基本となるほど、役立つことになろうとは、その時は露ほども思わなかった。

 

 

その後、この店は、イ〇ン残会社と業務提携をし、さらに、その子会社と合併(というと、聞こえはいいが、吸収合併)された。

会社の環境は180度転換した。

全てがシステム化され、社員は試験を受けて合格すれば昇進してゆく。

古い社員は、定年か、定年まじかで退職していった。

正直、私は、イ〇ンの子会社になった方が働きやすかった。

店の多くは体育館ほどの大きさになり、店舗を清潔にし、如何に華やかに商品を飾り付けるかが、大切になった。

自分の方から、お客さんに話しかけることはないが、話しかけられると、いかにお客さんの話を聞くかが大切なことであることは変わらなかった。

休憩時に「お客さんが呼んでいます」と店に出ると、尿漏れに悩んでいた,お客さんが、私がすすめた尿取りパッドと市販の漢方薬が役立ったといううれしい話もあった。

余りに丁寧にお礼を言われるので、こちらの方が恐縮してしまうほどであった。

 

しかし、60歳後半から、私の聴力は衰えて行った。

70才を目前にして、お客さんお話しを聞き返すことが多くなり、退職をした。

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姫女苑(ヒメジョオン)です。

よく似た花に春紫苑(ハルジオン)があります。

姫女苑は、6月くらいから咲き始め、茎が、中空ではありません。

春紫苑は、花期が姫女苑より少し早く、茎を折ると中空です。